徳島地裁平成30年6月20日判決・判時2399号
【事案の概要】
原告は,四国にある88か所の寺院の霊場会(以下X1といいます。),及び2つの寺院である(以下,X2,X3といいます。)。被告Yは写真家である。
各札所の本尊は信仰の対象であり,秘仏として一般には非公開のものが多く,開扉の機会が限られ,容易には拝観することができないものも相当数ある。X2及びX3の本尊も秘仏とされており,X3の本尊は60年に1回しか開帳されていない。平成12年12月ころ,NHKがYの番組を制作するにあたり,X1は取材に協力することを決定した。かかる番組制作の過程で,YはX2,X3の本尊を撮影した(以下,本件写真といいます。)。
その後,Yは本件写真を,X2,X3に無断で,自己の写真展等で公開し,本件写真を収録した書籍等を出版した。なお,YはX1に対して著作権侵害を理由に1億7600万円の損害賠償を求めるも,これを棄却する判決が確定している。
XらはYに対し,契約違反,宗教的人格権侵害の不法行為,不正競争防止法違反等を理由に,損害賠償の他,本件写真のネガフィルム・電子データ及びこれらを用いた御影・書籍・商品の廃棄を求めて出訴した。これらの廃棄を含め,一部認容。
【判 旨】
「本件写真2は広く頒布されることまでを想定して撮影が許可されたものではなく,また,本件写真67はX3に無断で撮影されたものであり,いずれも一般に公開されたり,広く一般に流布されたりすることを認めていたわけではない。そして,Xら寺院は,いずれも本尊を秘仏とし,X2については定期点検を行う調査員以外の第三者に公開せず,また,X3ついても60年に1回公開するのみであり…,このような原告ら寺院における信仰の対象としての本尊の重要性に鑑みれば,Xら寺院の意図に反して,Yが本件写真2及び本件写真67を使用し,これを一般に公開したり,広く一般に流布したりすることは,X2及びX3の宗教上の人格権を侵害する不法行為に該当するものといえる。」なお,不正競争防止法違反は否定。
【コメント】
(1)肖像権等との関係
物に対する所有だけでなく,その写真の流通といった情報を管理することは,広い意味で知的財産権の問題といえます。
写真を捕捉するのは,人の写真であれば肖像権やプライバシーの問題です。芸能人の写真の経済的価値に関しては,パブリシティ権と呼ばれる問題です。
⇒ピンクレディー事件・最高裁平成24年2月2日判決
しかし,物に肖像権もパブリシティ権もありません。
本件で問題となった仏像にも,肖像権はありません。そこで本判決が認定しているのが宗教的人格権というものです。
(2)宗教的人格権
信教の自由は,憲法で保障される重要な権利です。本判決は,お寺が秘仏として一般に公開していない本尊を,お寺が許諾した範囲を超えて使用することは,宗教的人格権に違反するとしました。損害賠償のみではなく,ネガ・データ及び商品の廃棄を命ずる強烈な判決です。
さて,最近宇治の平等院が,平等院のジグソーパズルを販売している会社を提訴したというニュースがありました。文化財としての価値を毀損したという理由のようですが,本件のいう宗教的人格権とは違います。平等院は営利目的での写真撮影を禁じているようですが,平等院自体は公開しています。裁判所の判断が注目されます。
なお,宗教的人格権といえば,エホバの証人の輸血拒否事件が有名です。
⇒エホバの証人輸血拒否事件・最高裁平成12年2月19日判決