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職務発明規程の遡及適用否定例・知財高裁令和5年6月22日判決

職務発明規程の遡及適用否定例・知財高裁令和5年6月22日判決・裁判所web,ジュリ1590号8頁

【事案の概要】
Xは、合成樹脂加工並に販売等を目的とする株式会社である。Xは,平成30年9月3日付で「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する(第4条)旨」職務発明規程を作成した。
Y代表者は、平成24年5月にXの従業員となり、平成30年10月15日にXを退職した。Yは同年12月から令和2年にかけて,Y代表者を発明者とする本件特許を出願し,登録査定を得た。
XはYに対し,本件特許はXの職務発明であるとして(Xの主張によれば発明の完成時期はY代表者在職中の平成30年5月頃),特許法74条1項に基づき,本件特許権の移転を求めて提訴した。原審はXの請求を棄却したことから,Xは控訴し,特許を受ける権利をXに取得させる黙示の合意があったとの主張を追加した。控訴棄却。

【判 旨】

…Xの主張を前提とすると、本件各発明が完成したのは平成30年5月頃ということになるが、…同年5月時点において、Xには就業規則…が存在しており、職務発明について次のとおり規定されていた。
『(特許、発明、考案等の取扱い)
第84条 社員が自己の現在又は過去における職務に関連して発明、考案をした場合、会社の要求があれば、特許法、実用新案法、意匠法等により特許、登録を受ける権利又はその他の権利は、発明者及び会社が協議のうえ定めた額を会社が発明者である社員に支払うことにより、会社に譲渡又は継承されるものとする。』
上記規定からすると、平成30年5月頃、Xとその従業員との間には、職務発明について、Xの要求があるときに、Xが発明者である従業員に対し、協議して定めた額の金員を支払うことにより、特許を受ける権利が発明者からXに移転する旨の合意があったものと認めるのが相当であり、Xとその従業員の間に、職務発明についての特許を受ける権利を、Xが原始取得する旨の合意があったと認めることはできない。

…Xの就業規則の附則(4)により、同就業規則の改廃は社員(従業員)の代表者の意見を聴いて行うものとされているところ…、Xにおいて、就業規則の規定を変更するための手続が執られたことはなく…特許を受ける権利をXに原始取得させることについての協議がされた等の事情もうかがえない…。職務発明に係る特許を受ける権利を使用者であるXに原始取得させることは、従業員にとって、就業規則を不利益に変更するものであるところ、Xにおいて、職務発明の出願に関して、就業規則の規定にのっとった手続が行われたことがなかったことをもって、何らの協議を経ることもなく、直ちに、就業規則が変更されたとか、Xと従業員らとの間で、就業規則とは異なる内容の合意が成立したなどと認めることはできない…。

…そして、甲12規程には、「職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する。」との規定があり(第4条)、職務発明についての特許を受ける権利がXに原始的に帰属する旨定められているものの、甲12規程が適法に制定されたものであったとしても、Xの主張する本件各発明の完成日(平成30年5月頃)よりも後の同年9月3日に制定されたものであるというのであるから…、同日までに既に発生している特許を受ける権利の帰属を原始的に変更することができるものではなく、このことは、甲12規程において、平成26年1月1日以降に完成した発明に適用する旨規定されていることを考慮しても変わりはない

【コメント】

本判決の重要なところは,実はXの主張を排斥する理由を述べた傍論部分です。「職務発明に係る特許を受ける権利を使用者であるXに原始取得させることは、従業員にとって、就業規則を不利益に変更するもの」としていますが,実は厄介です。これとは異なり,平成27年改正特許法の立案担当者は,「職務発明の取扱いは『労働条件』にあたらないというべきである」「職務発明については,労働法による規制を受けないものと解すべきである」「権利の帰属時期の変更は,労働法における『不利益』に該当しない」といっていました (深津拓寛他『実務解説 職務発明 平成27年特許法改正対応』(商事法務・平成28年)・212頁から217頁)。

平成27年特許法改正を受けて,職務発明については使用者に原始的に帰属させる職務発明規程を整備した会社が多いことと思います。しかし,上記立案担当者の意見のとおり,労働法の適用がある前提で整備している会社は少ないでしょう。もしかしたら今後,職務発明規程変更の問題が労働問題として実務上問題になるかもしれません。

以下は私見です。特許の内容というのは憲法上「法律でこれを定める」とされている財産権(憲法29条2項)で,立法裁量の広いところです。職務発明は特許を受ける権利の内容の一部ですから,財産権の内容として政策的に立法してよい分野であり,労働者の権利(労働条件)とは住所が違うのではないかな=職務発明の労働者帰属or使用者帰属問題に労働法を適用するのはどうかなと思います。

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