橘玲『無理ゲー社会』(小学館新書・令和3年)
『上級国民/下級国民』に次ぐ橘玲氏の著書です。
おもしろい!
マイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(鬼澤忍訳 早川書房・令和3年)が長くて途中で挫折してたんですが,やはり最初から日本語の書籍は読みやすいですね。
こちらの『無理ゲー社会』から読むと理解しやすいです。
メリトクラシーとは,イギリスの社会学者マイケル・ヤングの造語で,1958年の著作”Rise of the Meritocracy(メリトクラシーの興隆)”ではじめて使われた。じつはヤングはこの本で,メリットを(I+E=M)と明快に定義している。Iは知能(intelligence),Eは努力(Effort)で,メリット(M)は「知能に努力を加えたもの」なのだ。
…メリトクラシーの背景には「教育によって学力はいくらでも向上する」「努力すればどんな夢でもかなう」という信念がある。これこそが,「リベラルな社会」を成り立たせる最大の「神話」だ。(75頁から76頁)
「リベラルな社会」では,身分や階級だけでなく,人種・民族・国籍・性別・年齢・性的指向など,本人が選択できない属性による選別は「差別」と見なされる。しかし,それでも入学や採用,昇進や昇給にあたって志望者を区別(選別)しなければ組織は機能しなくなってしまう。
この難問を解決するには,「属性」でないもので評価する以外にない。それが「学歴・資格・経験(実績)」で,これらは本人の努力によって向上できるとされた。…
これは逆にいうと,本人が努力すれば成績=知能はいくらでも向上していくということになる。これが「教育神話」で知能と努力をセットにした「メリット」による評価こそが公正な社会をつくるのだ。-その後これは「リベラル」の信念になっていく。
しかしヤングは,これがたんなるきれいごとだということに気づいていた。…
行動遺伝学が半世紀にわたって積み上げた頑健な知見では,知能の遺伝率は年齢とともに上がり,思春期を終える頃には70%超にまで達する。…
知能の生得的な違いを教育が拡大させるのだから,社会は「知能」によって分断されるほかない。知識社会化は,「門閥の貴族制度」を「才能の貴族制度」に代えてしまった。これがヤングの描いた未来世界だ。(80頁から81頁)
本書前半は最近サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』で最近話題のメリトクラシーに関する解説です。現代社会は知能≒学歴によって分断されている,というのが前著『上級国民/下級国民』からの著者の一貫した主張です。
同意します。
努力が報われると,それまでの努力を過大評価してしまいますが,それじゃいけませんね。今の自分がそれなりに生活しているのは,たまたま「遺伝ガチャ」(本書100頁以下)に当たったから,ということを謙虚に受け止め,他者に寛容でありたいものです。
男にとっての深刻な問題は,「自分らしく生きたい」と思う女が増えれば増えるほど恋愛の難度が上がってしまうことだ。「女が自立すると非モテが増える」と言い換えてもいい。そしてこれが,フェミニズム(自立する女)への敵意…につながる。
…東アジア諸国は女の方が結婚によって失うものがずっと多く,どこも出生率が急激に低下している。
結婚や出産によて「自分らしく生きる」ことをあきらめなくてはならないとしたら,その損失を埋め合わせる代償が必要だ。それが「生活の安定」で,要するに夫の経済力になる。これが,「低所得だと結婚はもちろん彼女もできない」理由だ。男女の性愛の非対称性から,女は「選択する」側にいるので,相手を選ばなければ結婚はできるだろうが,貧乏な男と結婚しても将来に夢が持てないのだ。(178頁)
本書の冒頭で,日本の若者が将来に大きな不安を抱え,「苦しまずに自殺する権利」を求めていることを紹介した。…
日本の若者たちのとてつもなく大きな不安は,ひと言でいうなら,「高齢者に押しつぶされてしまう」だ。皮肉なことに,日本社会を覆う閉塞感は,日本人が人類史上,未曽有の長寿と健康(幸福)を実現した結果なのだ。
若者たちの不安を解消し,夢や希望を持てるようにするには高齢者の既得権を減らさなければならない。だがいまでは,70歳以上の団塊の世代がもっとも大きな影響力を持つ有権者で,テレビや新聞などのマスメディアを支える視聴者・読者でもある。(213頁から214頁)
いずれも強烈ですが,妙に腑に落ちる話です。
モテ・非モテの分断,シルバー民主主義の観点も前著『上級国民/下級国民』と同様です。総じて,サンデルの『実力も運のうち』著書で盛り上がったところで前著の主張を深堀する本です。私は前著が非常に面白かったので,本書も面白く拝読しました。