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ありふれた表現-コンタクトチラシ事件・大阪高裁令和元年7月25日判決

コンタクトチラシ事件・大阪高裁令和元年7月25日判決・判時2467号116頁・裁判所Web


【事案の概要】
 X,Yはいずれもコンタクトレンズ販売店の経営を行う株式会社である。かつて,YはXに対して,コンタクトレンズ販売店の運営を委託していた。Yは,同運営委託契約終了後,コンタクトレンズ販売店を開店した。XはYに対し,Yの配布しているチラシは同契約終了前からZが販売宣伝のために作成・配布していたチラシに関する①著作権・著作者人格権を侵害するとして,損害賠償等を請求。なお,双方のチラシはほぼ同様のものである。第1審(大阪地裁)は,本件チラシの表現はありふれたものである等として請求を棄却。Xが控訴し,多大な時間と労力を費やした成果を冒用した(デッドコピー)という請求原因を追加。控訴棄却。

【判 旨】
①本件チラシの著作権侵害について ※一審を引用
「…上記〈1〉の宣伝文句は、…不要になる事項を文字(単語)で抽出し、その文字(単語)の上に「×」を付すことはありふれた表現方法であるし、「検査なし スグ買える!」という表現は、眼科での受診(検査)なしでコンタクトレンズをすぐ買えるという旧大阪駅前店のビジネスモデルによる利便性を、文章を若干省略しつつそのまま記載したものにすぎず、そこに個性が現れているということはできない上に、強調したい部分に着色等したり、「!」を付したりするなどして強調することもありふれた表現方法にすぎない。」
「上記〈2〉はマトリックスの表形式にすることによって、旧大阪駅前店と他の店舗や他の販売方法との違いを分かりやすく表現したものである。確かに、表現方法としては文章で伝えるなどの別の方法が存することはX主張のとおりであるが、本件チラシは販売宣伝のために作成されたものであるから、その性質上、表現が記載されるスペースは限られ、また見た者が一目で認識、理解し得るような表現をすべきことも求められるから、表現方法の選択の幅はそれほど広いとは認められない。そして、文字で表現しようと思えばできる事項を表形式にまとめることは通常行われる手法であり…表形式で比較するに当たり、縦の欄に旧大阪駅前店と他の店舗や他の販売方法を並べ、横の欄に複数の事項を列記し、マトリックス形式でまとめるというのも、ありふれた手法にすぎない
「さらに、上記〈3〉の説明文言は、旧大阪駅前店では眼科での受診(検査)なしでコンタクトレンズを購入することができる理由を文章で説明したもので、その内容は法規の内容や運用を説明した上で、旧大阪駅前店では、顧客の経済的・時間的な負担の観点から、販売時に処方箋の有無を前提としていないことを説明したものにすぎない。これは上記のビジネスモデルの客観的な背景や方針をそのまま文章で記載したものにすぎず文章表現自体に特段の工夫があるとはいえない上、その記載方法も相当の文字数を使用して、しかも小さな文字で記載したものにすぎないから、その表現方法に何らかの工夫がみられるわけでもない。以上より、上記〈3〉に創作性があるとは認められない。」


②多大な時間や労力を費やした成果の冒用(デッドコピー)
「…Xは、…旧チラシ及び本件チラシは、Xの従業員であるP3が試行錯誤と創意工夫を重ねて多大な時間(約1年)と労力を費やして作成したものであり、Yチラシは本件チラシのいわゆるデッドコピーであること、…を挙げるので、検討する。
 …本件チラシの表現はいずれもありふれたものであるから、旧チラシ及び本件チラシを完成させるために1年もの期間が必要であったとは考え難く、…。多大な時間と労力を費やしたというP3の供述をたやすく信用することはできない。…以上のとおり、不法行為が成立する根拠としてXの主張する点はいずれも事実の裏付けを欠く。


【コメント】
 判例時報に双方のチラシ画像が掲載されていますが,見てみるとほとんど同じものです。このようなデッドコピー(無断でタダ乗り)をされた側としては,放っておくわけにもいかず,訴訟になったことは無理からぬところがあるでしょう。

 しかし,裁判所は請求を認めませんでした。
 まず,著作権侵害については,本件チラシがそもそも著作物ではないとして,請求を認めませんでした。
文書については,たまにあることです。本件は,次の裁判例と同じ文脈で読むことができます。インターネットとの関係でいえば,ブログの記事も同様の問題があります。
 ありふれた文章,極めて短い文章は誰が書いても同じようなものにならざるを得ないから,創作性が否定される,という論です。
⇒★ライブドア裁判傍聴記事件・知財高裁平成20年7月17日判決
⇒★箱根富士屋ホテル事件・知財高裁平成22年7月14日判決

 しかしながら,著作権における創作性は,およそ個性が表れていれば足りると解されており,比較的に緩やかに認められるもの,とも言われます。子供の書いた絵にも著作権が発生するといわれるゆえんです。
 この辺りの線引きは非常に微妙です。応用美術論と同様,裁判例を統一的に理解することは困難です。

 著作権の分野は,実は最高裁判決が少なく,結論の予測が大変難しいです。下級審判例や学説上の通説を参考に立論しても,裁判所がこれを意に介さないこともままあります(私も経験があります)。

 では,本件で著作権侵害が認められないとして,他の手段は考えられないか?ということが問題になります。
 本件原告は,多大な時間と労力を費やした成果を冒用された,ということで著作権とは別に営業損害に関する主張を控訴審で追加しています。一般不法行為による構成です。
 しかしながら,著作権法で保護されない表現物については原則として一般不法行為も成立しないとする最高裁判例があり,同最判以降はほとんど認められていません。
⇒★北朝鮮映画事件・最高裁平成23年12月8日判決

 次に,デッドコピーといえば不正競争防止法が検討されますが,これも難しいでしょう。

 まず,同法2条1項3号(商品形態模倣)による請求は,チラシが「商品の形態」とはいえず,使えないでしょう。
同条項1号2号は(著名・周知商品等表示)による請求は,本件チラシが原告の商品等表示として著名or周知といえるか,という高いハードルをクリアできなければ,やはり使えません。

 デッドコピー事案で著作権法による請求が棄却され,他の手段も難しい,なかなか世知辛い判決だなと感じた次第です。

※本稿は著作権に密接に関係する論点のみを取り上げましたが,実際は原被告間で契約関係に関する複雑な争いです。上記裁判例に関する私見は著作権に関するもので,事案全体の解決としての結論を否定するものではありません。

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